敵味方

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寒いので家にいるとホームゴタツに足をいれて過ごすことがおおい。最初は正座をしてすわることになり、そのほうが姿勢がたもたれて楽でもある。でもすぐに足がしびれてくるので、けっきょく足をのばして背もたれによりかかる。それもながくなるときわめて居心地がよくない。

よく暖まることはたしかであるけど、姿勢がわるくなるうえに、眠くなったりしてものごとに集中できない。やはりなんにしてもイスにすわっているほうが効率的かもしれない。そのばあい布団のカバーをひざまでかけるので、いくらかコタツの熱がそとにもれても仕方がない。

というのも、もともと人間は二足歩行をすることで今があるわけだから、べったりと腰をおろしてすわるのは、人間として逆行することになりかねない。なにはあれ中途はんぱにすわるよりは立っているほうが、ときに楽であったりするし、そもそもコタツなどにはいってはいられないことではある。

たとえばのことだけど、どこからか攻撃をうけたとして足をのばして腰をおろしていては、すぐに立ちあがってむかえ撃つこともできない。寝ているときはともかく、くつろいでいるときであっても、それなりに合理的というか、理にかなった体勢があるかもしれない。

テレビをみていたら、イスにすわって足をくむことにしてもそれなりの理由があるようだ。もちろん、まっすぐに行儀よくすわるよりも楽になるが、かたくるしい席ではラフであって失礼なことでもある。でもこれが海外だと事情がちがうらしい。

ぎゃくに足をくんですわることが失礼でもなんでもなく通常のことであるという。そのほうが相手に危害をくわえようとしてもすぐに立ちあがれないので、かえって安心のサインをもたらすことになるようだ。右足か左足かむきあう位置によってもちがってくるのだろう。

ほかにも、おじぎをしてあいさつをするときの手のくみかたにしても作法があるらしく、なんでも初対面のときにかぎっては左手を上にかさねるのだそうだ。それで攻撃をしないという意思表示をあらわすことになるらしい。それにしてもこれらでは人はすべて敵だということになる。

声をかけてあいさつを交わすことにしてももとをただせば、わたしはわるい人間ではないと、相手に伝えていることでもあるというし、これらは自然界で生きのびるための動物としての習性でもあるのだろう。いかに平和に共存するにしても悲しいかな、これでは身を守るための警戒心をぬぐえない。


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