年齢

画像

時間とか日にちとか年月にしても時のすぎる経過をあえて、太陽系の宇宙のしくみのなかで便宜上、区切ってさだめているにすぎない。そもそも時のながれとでもいうのか止めなく連続的にすぎゆくものであって、それを距離であるとか、ものの大小などをはかるのとおなじようにあえて数量化されることでもある。

そんな大ぎょうなことではないのだけど、ひとの年齢のことである。ときに年齢不詳のひとがいたりしていろいろ憶測することもある。とくに女性であると若くみられたいこともあってか、できたら極秘にしておきたいむきも少なくないかもしれない。なににしても実物でなく年齢で判断することがあるからだろう。

というのも年2回発行する地域の老人クラブの新聞があって、その原稿募集の呼びかけになんとなく投稿したのだった。原稿の集まりがいまひとつ少ないというし、テーマが健康ということで関心がないでもなく、それに今回からは応募要領として年齢の記載と本人の写真を原稿にそえて提出することであった。

それががどうしたことだろう、できあがった新聞をみて目をみはることになった。ほかのひとが書いたものはみな名前だけなのに、そのなかでひとりだけがきわだっていて、年齢はしかたないとしても顔写真がアップで写っている。どうみても不統一というかバランスに欠けており、これでは新聞編集のアバウトさがみえみえである。

もちろんまえむきにあえて解釈するなら、今後は投稿者の年齢と写真も文章とともに載せるという方向性をアピールしていると受けとれないではない。でもかりにそうであったとしても、あまり期待できないにちがいない。なにしろ年齢すら拒否反応があるうえに、まして写真などよほど容姿に自信のあるひとにかぎられることだろう。

ところでべつなことだけど新聞といえばきのうだったか、白ぬきの大きな活字で凶暴罪、いや共謀罪の文字が目に飛びこんできた。さかんに不安をあおって監視を強化するのだろう。ほかにニュースといえばモリ、カケとかがあって、まるでうどん屋がもめているのかと勘ちがいしそう。しばしば政治家の仕事が口ききといわれたりすることでもある。

話題がコロコロするようであるが、トラフアンにとってスポーツ面を読むのがたのしみになっている。少なくともはなから負け試合ということがへってきたことでもあるし、投手陣ががんばっていることも大きい。でもまだまだ油断はできないことであり、ただ軍のつく球団が低迷していることでは胸がすく。

なにやらわけのわからないことであるが年齢のことであった。というのも体力がおちてきてあちこちに支障がでてくることがあるにしても、それをあたかも年齢のせいにすることがよくあるからである。でもこのごろのように梅雨といわれながらも青空がひろがっており、おなじようなことが年齢に符合することがありえたりもする。

年を聞くいやなひとなど世におらず

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック