人もよう

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数日まえにはきれいにせん定されて枯れ木のようでしかなかったバラの木だった。それがやにわにみごとに花を咲かせ、行ききする人の目をたのしませている。ただはなやかさとともにいい香りもかがれるというのだけど、バラに近づいても鼻のほうは鈍感で残念ながらにおいがにおってこない。

あでやかなバラにみせられていつもより人が集まってきてまわりがにぎわうようでもあり、やはり週末はとくにそうなのだろう。それに新聞やテレビにしても平日とくらべると特集がくまれたりして待ちどおしい。土曜日にはクロスワードもあるし、日曜日はスリーザーリンクがある。また大相撲の夏場所がはじまってわくわくしている人もいるかもしれない。

早朝にはいつもウオーキングすることであるけど、もう走るのはしんどくてあきらめていた。でも90の人がまだ元気で走っているのをテレビでみると、負けてられないという気持ちがしてまた走りだしたりしている。ほかにもほのぼのとするような話題があったりすると、それで元気がわいてくるようなこともある。

新聞の投稿欄はいちばんに読むことであり昨日だったかこんな話がのっていた。コンビニで買いものをしたあと雨がふりだしてきて、高齢の女性が荷物をカートで押しながらカサをささないで歩いている。気のどくにおもってわざわざ車を引きかえし「乗っていかれませんか」と声をかけたそうだ。でも「すぐ近くだから」とことわられる。

べつによくあることであるが、ただタイトルに「善意の通じない世の中」とあってちょっとひっかかる。よほどその女性の態度がよくなかったのだろう。せっかくの親切な行為にもかかわらず、そのことでぎゃくに恩を仇でかえされるような、よほどいやなしっぺ返しをうけたからにちがいない。

それにしても親切の押しうりということもあるし、いきなり見知らぬ人の車に乗るというのも通常はありえない。ただ投稿者が自分の気がゆるさなかったと書いているとおり、困っている人を見ながら見知らぬふりができなかったのだ。人それぞれだし行間にはさまざまなそれなりの所以がかくれているのだろう。

べつな投稿ではアクセルとブレーキの踏みまちがいで高齢者の事故が増えていることから、アクセルは右足、ブレーキは左足と使いわけて安全運転を心がけているという高齢女性の話があった。二つのペダルの間隔がすこしひろい車種らしい。でも左足でのブレーキでは力いっぱい踏みこめない気もする。とはいえ慣れればそれがいちばんかもしれない。

なににしても一つのやりようだけにものごとを決めつけてしまうのは賢明でない。それにいかにもくだらないナンセンスなことのなかにキラリと光るものがかくれていることもある。なにしろこの世のなかにあってなに一つ無駄で無用なものなどあるはずもなく、なにかの意味があって存在していることでもある。

生きているだけではなくて生きている

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