鉄塔

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世間は連休ということで家にいても外にでても、それらしいゆったり感というかのんびりした雰囲気がなんとなくただよっている。ちかくに幹線道路が走っているし、たぶんふだんより車がすくなくて静かなことがある。それにしても年じゅうが休日で仕事をしているわけでもないから、祭日や連休とかにしてもまったく関係がない。

というよりぎゃくになんとなく居心地のわるいこの数日であるような気がしてならない。おおくの人が仲間や家族づれで行楽地などそれぞれたのしんでいる一方、ただ家でおもしろくもないテレビをみたり、なにをするでもない時間をもてあましている身である。もちろんそれで有意義に休日をすごしている人たちをうらやむ気持ちなどあるはずもない。

なのにどうしてなのか、まわりのふだんとちがったムードに影響されて日ごろのペースが乱されることのようである。それにいつもとおなじ毎日の連続であるにもかかわらず、それがあまりにも簡素で単調すぎて、この期間にことさらそっけない日々として意識されることからかもしれない。

ともあれ外出しないで家に引きこもってばかりでは精神的にも健康上からも好ましいことではない。それでべつにたいそうなことではなく、とりあえずは外の空気にふれるために歩きだすことであり、いつもよりすこしだけ遠くまで距離をのばすことになった。もちろんカメラも手にしてのことで、そうでないとおかずなしの食事どうぜんにひとしい。

ちかくの運河にそった歩道のまわりは工場街がひろがって殺風景なながめでしかない。でもなにより豊富な水があるし、ときには船がでいりしたり、樹木も植えられて野鳥の姿もみられたりする。それに高い建築物がないから空がひろがって開放感があじわえることであり、さらに上をあおいで目につくのは鉄塔が多くみられることである。

発電所がいまも稼働しているのだろうか。それはともかく鉄塔が密集している景観もそれなりにアート的な美をかもしだしている。ただの塔もみかけるが、おおくは送電線を支えるためのものである。そういえばしばしば電柱が景観美をそこなうといわれるが、鉄塔もまたおなじ範ちゅうとなるのだろうか。

そんなこんなで気がつけば武庫川の南端、湾岸線をちかくにみあげるばかりのところまでやってきた。グループや家族でレジャーに興じている人たちを横目にあとは河川敷を北上するばかり。ただ体力のおとろえはどうにもならず、足の疲れはピークになった。3時間ほどのウオーキング、お茶ぐらい用意しておればまだ余力がのこったかもしれない。

ところできょうは子どもの日である。なんでも子どもの減少傾向はとどまることなく、14才未満にして人口にしめる割合が12%ほどという。当たりまえだけど10人もの大家族であるにもかかわらず、そのうちに子どもはたったの1人、2人にも満たない。子だくさんだったころからすると想像もつかなかったことにちがいない。

年よりが大きな顔をしてるいま

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