先入観

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もうストーブの出番はなくなった。朝などまだ肌寒いこともあるが、日中は温度が急にあがって汗ばむこともあって気温の変動がはげしい。桜もちり季節が移りかわり、そのぶん年をかさねることでもあって、ただのんびり折々の自然をながめてばかりいられない。日々のくり返しもその先がまぎれもなくせばまっていくことでもある

おない年の人が来年はもう80になるのでいまの仕事をおりたいと話している。そんなはずはない、まだ2年も先のことだとおもっていたからハッとさせられた。なるほど誕生日がまだだったことだけでやはりまちがいはない。数字が7と8ではわずかひとつの差であってもそのへだたりははかりしれず未知の世界でもある。

5月にグラウンドゴルフの大会があり、地区の20人ほどの参加者の年齢欄をみると、なんと80代の人が大半である。年号でいうと明治はおろか大正もはるかかなた、もはや昭和一ケタが最高齢をしめている。こうなると年齢不詳で無視するしかないが、一方で年齢を自慢するようにもなるからどうもわからない。

お向かいのおうちが家カベの塗装をして新築のようになった。それにひきかえわが家をみるとヒビがはいったりして実にみすぼらしい。するとそれまではなんの不服もなかったのに放っておけなくなる。でもどんなに見ばえがよくなったとしてあとなん年住むことになるのか、なにしろ先をよめなくなるのも老化現象のひとつにちがいない。

忘れものやおもいちがい、なさけないほどにもたもたすることがあり、ただおだやかに進んでいくから気にならない。けさの数独に上級とあったので挑戦したら午前中がすぎてしまった。将来性のあるほかの人を助けて応援したり貢いだりする人のことをどう呼ぶんだったか、一日中考えていてやっとパトロンということばがおもいうかんだ。

食事のために冷蔵庫のなかを食パンがないかさがしかけたがあきらめた。するとそこにあるでしょうと横から声が。食パンがまだ残っているのがわかっておれば、もっと真剣にさがしたはずだった。はなからもうないものと決めこんでしまったのがまちがいで、さがせなかったのがもうろくのせいではない、と言いわけをする。

もうなん年かまえにエクセルのマクロでつくったものがあった。それを手直しするのになん度もなん度もくり返しているうちに一日があっという間に。なまじっかひとつのことがうまくいったのがたまたまで、それが正しいとおもいこんでしまったのがいけなかった。どんなことにしても先入観、固定観念、色眼鏡、偏見のたぐいは禁物である。

もともと人の年齢などそれほどに数えることなどなかったのではないか。そもそも生年月日などにしてもだれもが不確かなことであって、まして1年や2年、70や80もさしてちがいがあるわけでなし。ちょっとさかのぼれば人生50年とかだったことからすれば、もうなにが起きてもじたばたすることもない。

健診にもの忘れありやめておく

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