泣き笑い

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最近笑ったこととか泣いたこととかがありますか。と聞かれたことはないけど最近どころか、もうずっとご無沙汰といったほうがいいかもしれない。とくに泣くことなど大人になるとそうそうあることではない。ただ泣くほどでなくても涙をながすということではときにあるかもしれない。

泣かないのに涙をながすというのは矛盾するかもしれないけど、もともと別もののようであったりする。かならずしも泣くことで涙がともなうともかぎらず、泣いていないのに涙がでてきたりすることもある。うれし涙というのもそうだし、心のなかで泣いているといったりすることもあって見かけで判断できないこともある。

もとより泣くということでは声によることでの感情表現のひとつであるのだろう。さらにそれが涙によって強調されることだろうか。しばしば涙が女の武器といわれたりするが、むかしの武士社会でなくても一般的に子どもならともかく、どこか泣くことが恥じらいをともなうことでもあったようだ。

泣くことにしても涙にしてもいろんな言いまわしがある。もらい泣き、うそ泣き、忍び泣き、泣きごとなどなど、落語をもじって泣き語というのもあるらしい。泣きの涙、うれし涙、感動の涙、怒りの涙、スズメの涙など、ほかにもいろいろあるのだろう。すくなくとも悲しいことからばかりでもないようである。

小説や映画とかドラマにしても泣かせられる場面がすくなくない。それにはなにやら泣かせるつぼがあって、感涙スイッチとかいうものをところどころに仕組んでいるらしく、どうやらそれでだまされてウルウルとなるのだろう。なにかの刺激で過去のことが走馬燈のようによみがえるのだともいう。

悲しいことなどあってほしくないけれども、ほんとうは周りにそんなことが満ちあふれていることもたしかで、ただ無関心や無感動であるにすぎないのだろう。そういうことでなくてもときに汗をかくことも必要なように、泣いたり涙することもある意味、心身にとってカタルシスの作用をもたらすことがなくわない。

一方笑ったかどうかは愚問だったかもしれない。ただ世のなかの穏やかでない動きや暗いニュースがあったりして笑っておれないことが多々あることからでもあった。テレビのどこのチャンネルにあわせてもお笑い番組が映っていてうんざり、どこかしこの家からも同調した笑い声が聞こえたりする。それでバカ笑い、高笑い、大笑いなどぐらいしか思いつかない。

しずんだ空気のなかでただただ場を盛りあげようと、だじゃれやオヤジギャグで笑いをとろうとするのもなにか涙ぐましいものがある。なにわともあれ、だれにとっても悲しみでの涙はごめんこうむりたいし、うれしいことでの喜ばしいことでの笑いが周りにあふれることを願うはずである。

寒いわけ知ったとしても温もらず

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