見せどころ

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えてして学校の先生とか人にものを教えたりする人のなかには生徒から分からないことや質問などをされたときに、かりにそのことをよく知らなくてもそれなりになんらかの解釈や説明をしたりするのだろう。すくなくともよほどでないと、それについて分からないとか知らないとかいわないようである。

もちろん勉強不足であるとか経験をしたことがない、それについてはよく知らない分からないと正直にこたえることもできる。しかし教師であるとか博識を自負する人のなかにはことさらプライドがたかく、ことの不案内であることを認めるのはこけんにかかわるとでもいうように知ったかぶりをする人もいるにちがいない。

いくつものすぐれた機械を作って業績をあげている小企業の会社で、顧客からこれまでにない斬新な機械の注文をうけるのに、それがとても難しくてかんたんに作れそうでなくても一応は断らないで引きうけるという。少なくともやってやれないことはないという技術への自信があってのことなのだろう。

どこかの国の国民性だろうか、たとえみずからに非があってもそれをあんいに認めないというか、絶対にあやまらないということであるらしい。いったんこちらに落ち度のあることを認めてしまえば、とうぜん責任をとわれることにもなるし、なんらかの賠償を要求されることになるのだろう。これもごくあたりまえのことではあるのだろうけど。

ぜんぜん飛躍することになるが、オリンピックのフィギュアスケートでは、なんといっても何回転かするあのジャンプの瞬間のときほどに緊張することはない。見るほうでさえハラハラするのだから、演じている選手はいかほどであろう。採点の要素はほかにもあるにしても、これが成功するかしないかに競技のすべてがかかっているようでもある。

スポーツでいうと日本からメジャー移籍したプレーヤーへの膨大な契約金のことだろうか。なんでも260億円とか、庶民感覚ではけた外れで想像をはるかにこえる金額である。ともあれ問題はそれだけの働きができるかどうかであり、ほとんどまちがいはないのだろう。でもかりに鳴かず飛ばずになったときのはね返りも人ごとながら危惧しないでおれない。

映画のあらすじであるけど、老人のもとに100万ドルの賞金が当たったとのメールがとどく。あきらかにウソだと分かっているのに、老人は何百キロも離れた地にそれを受けとりにいくといってきかないのである。しかたなく息子が付きそって旅をするというストーリーのようだった。ただこれだけで老人がボケていると決めつけられるだろうか。

どうやら、まったくつじつまの合わないことを拾い書きしてしまったのだけど、ただなにがしか共通点があるように思えたからでもある。日ごろからなにがしら引っ込み思案で人前にでるようにうながされても、ダメダメと横に手をふってしり込みしている人にしばしばがダブることがあるからかもしれない。

ハイハイと手をあげている落ちこぼれ

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