寒ざむ

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数日前には少しだけ雪が降った。朝外に出てみたら一面が雪で真っ白だった。それでこの2、3日はすごく寒く、夜にふとんに入ってもからだが温まらずよく寝れなかった。今22時の尼崎の気温はガジェットで3度Cをさしている。

入院中の家内のところに毎日一度は顔を出す。10分もかからないほどの距離だけど、自転車だと寒くてかなわない。もう自由に歩けたりするので、あとは手術の傷口がふさがるのを待つだけである。

寝たきりだったのが容体がよくなって動けるようになると、逆に必要なものができてくるようでもある。時計がほしいというので持っていったり、今度はコルセットをしているので下に落ちたものを拾えないという。

それで考えたようだ。家にある孫の手を持ってきてほしいということだった。たしかにそれで手もとに寄せることはできるだろうけど、はたして拾えるのだろうか。今日は湯たんぽをとどけた。足が冷えるらしい。

ところで最近、駅前の広い場所に新築住宅街の建築がはじまっている。モデル住宅も建てられていて、夜にはイルミネーションがにぎやかである。夕方には病院の行ききにいつもその横を通っていく。

すると決まって宣伝用のプラカードと折りたたみのイスをさげた人が、事務所に戻ってくるのに出くわす。5人ほどだろうか、アルバイトのようである。近くでプラカードをかかげて座っているのを見かけることもある。

世の中にはいろんな仕事があるようだ。繁華街ではよく、風俗の広告でプラカードといっしょに立っている人を見ることもある。新聞の折りたたみにもさかんに宣伝チラシがはさまったりしている。

それにしてもこの寒空である。どれだけの時間をじっと座って過ごすのだろう。たしかに体力は使わないですむかもしれない。もちろん防寒にも十分対処しているのだろうけど。それもまだ若い女性もまじっている。

それにどれほどの宣伝効果があるのだろう。まさかプラカードを見て家を買おうとする人がいるとは思えない。どうしてもなら、人を使わずともプラカードを立てかけているだけでもいいはずである。

まさか雇用対策のいっかんでもないだろうし。なにかお金のためならなんでもありの様子がすけて見える。そうでなかったら拷問としかたとえようがない。でももし、アルバイトの声がかかれば自分も手をあげることだろう。

いずれにしても、見るのも痛ましいきびしい仕事にちがいない。それで病む人を見舞うために病院に出入りしていると、どこか共通するものを感じずにおられない。生きることはまた、けっして生半可なことでないということだろうか。

立場が代われば人ごとでなく

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